働きたいけど働きたくない

ニート気質なフリーター女の戯れ言

統合失調症患者の一部は病気ではないと思う

統合失調症は完治しないやっかいな精神障害として世間には広く知れ渡っている。
患者は「おかしく」なってしまった人として、疎まれ、施設に入れられたりする。

統合失調症について、軽く調べた感じだと一部の患者は病気ではないと思えてきた。

患者がよく言うのが「監視されている!」「宇宙人に狙われている!」「悪口を言われている!」というものだが、私は全て正しいのではないかと思っている。

今の時代、ネットツールは全て監視されているし、パソコンやスマホタブレット等のカメラは遠隔操作で撮影できてしまう。
街中に監視カメラが置かれ、何か怪しいと目をつけられればあっという間に見つかり捕まってしまう。

宇宙人だって、絶対にいる。
多くの人間が気づいていないだけで、今だってきっと、人間に紛れて地球を支配する日を虎視眈々と待っている。
見たことがないからといって、いないとは限らないわけだ。

悪口だって、言わなければ分からないものでもない。態度に現れることもある。
どんなに優しく接してくれる人でも、実は自分を蛇蝎のごとく嫌っているかもしれない。
普通の人なら「かもしれない」で済むところが、統合失調症になると第六感的なもので聞こえてしまうのだと思う。

私は本当にそう思っている。
もちろん、本当に妄想が強くなる病気の人もいると思うが、一部の人は「知りすぎてしまった」という表現が正しいのではないかと思う。

まあ、浅い知識でそんなことを語るなよと思うだろうが私は前々からそう感じていたので一応、述べておいた。

2年ほど前、統合失調症の新しい治療法についてとある福祉番組で取り上げていた。
以前は「幻聴・幻覚」を「それは全て妄想なんだよ」と患者のことを否定していたが、今は全て肯定した上で「何が見えてる?聞こえてる?」
「そうか、それは怖いね」「でも、私がいるから大丈夫だよ」と患者の言葉を受け入れた上で対応するようにしているとか。

これ、治療なので特殊に見えるがコミュニケーションの基本なのではないだろうか。
相手の気持ちや受け止めたものをまずは何も言わずに受け取り、その上で否定的な言葉は使わずに自分の考えを伝える。

瞑想で「悟り」をかじった人の言うことと統合失調症の一部の患者の言うことがとても似ている。
「自分が広がって世界と一体化した感覚」と。

人間が感じられないものを、感じすぎてしまうとつらいことが多すぎて病気のようになってしまうのかもしれない。

精神が不安定だったり、自我がある状態で悟ってしまった結果が統合失調症なのではないかというのが私の結論である。

だから、不意に悟るのを防ぐために僧は寺に入って修行をするのだというのが納得できた。

スピリチュアル好きだとこういうことばかり考えてしまって全く現実に向き合えない。恐ろしい。


追記

どうやら統合失調症というのは本格的に悟りを開く前の「魔境」という混乱状態のことを言うらしい。

自我を持ったまま、独学で瞑想をしたり不意に悟りかけてしまうと、バランスがとれなくなってしまう。
そのときに、自我の聞かせる幻聴や見させる幻覚が精神に異常をきたす原因となるのだとか。

私も「魔境」に入らないように気をつけなければ。