働きたいけど働きたくない

ニート気質なフリーター女の戯れ言

大学の頃、「学内カウンセリングルーム」のカウンセラーがヤバイ人だった話

大学の頃、「学内カウンセリングルーム」というカウンセリングルームに通ったことがある。

結果から言うと、ほとんど役に立たなかった。暇潰しにはなったが。

端的に言うと「カウンセラーの頭が悪すぎて私の話を理解できていなかった」のである。

カウンセラーというのは俗っぽい悩みで行き詰まっている人の悩みを聞くだけの仕事なのだが私の悩みが完全に"ブッ飛んでいる"ので理解出来なかったようなのだ。

私はデブスなので「デブとかブスとか言われるんです」と相談してみた。

まあ、ここまでは普通である。

そうくるとカウンセラーは「そんなことを言う人のことは気にしなくていいですよ。そんな人はコンプレックスがあるんですよ」と言ってくるだろう。

でも、私はそんな答えを求めてはいないしそんなことは分かりきっているのである。悪口がコンプレックスの裏返しであることくらい、分かっている。

だから私はカウンセラーに問うたのだ。

「私をデブだのブスだの言う人たちだって、パリコレモデルと並べばデブでちんちくりんだし、有名女優やイケメン俳優と並べば不細工ですよね?
ということは、デブとかブスとかは彼らにも言えることですよね?それにも関わらず他人にそんなことを言うなんて彼らは何を考えているんでしょうか?」と。

そしたら、カウンセラーは「はぁ…」みたいな反応をしてきた。

私の予想では「いや、でもお前が平均よりデブでブスなのは事実なんだからそんな訳の分からない話で逃げるなよ」とカウンセラーは考えたのだと思っている。
要するにカウンセラーも私を罵倒してきた"あちら側"の人間だったわけである。

これは、恐ろしいことではないだろうか。

カウンセラーの仕事は指導や説得ではなく"傾聴"なのは私も分かっているが、そもそも話が理解出来ないなんて論外ではないか?
理解出来ないから基本の"傾聴"まで辿り着かないのである。

理解出来ていたのかもしれないが、それに反論して呆れたような態度を取るのってどうなのだろうか。

私は別に本当の重大な精神疾患を持っているわけではないので、私の考えはあくまでただの「発想」に止まっており、「妄想」ではないのだ。
だから、共感は出来なくても考えれば分かるはずのことなのだ。

しかし、私が話したカウンセラーは私の話を理解できていなかった。

ちなみに言うとカウンセラーは女性で、お世辞にも美人とは言えなかったし、スレンダーという感じでもなかった。
だから余計に、カウンセラーの冷たい態度が意外すぎてビックリしたのである。

衝撃が大きすぎて、傷つくというよりはただただ驚いた感情の方が大きかった。

さらにもうひとつ、毒親についても相談してみたが、これもイマイチ理解出来ていないっぽかった。

毒親育ち特有の卑屈な性格に対して、「なんでそんなに自分を責めるの?」「あなた別に悪くないよね?」と詰問してきた。

自分でも分からないから苦しんでいるのにさらに責めてくるなんて論外である。

カウンセリングルームにくるようなカウンセラーはまだ研究所にいるような見習いであるのは重々承知ではあるのだが、私が当たったカウンセラーは本当に酷かった。

何年もカウンセリングについて勉強してあの仕上がりというのはあまりにもお粗末ではないだろうか。

型通りに勉強しただけのカウンセリングで、自分の理解出来ないところは"逆ギレ"で対処している感じだった。
あの人にもカウンセリングが必要なのではないかと思うレベルであった。

私はまだ元気だったから私も"逆ギレ"で対抗してどうにかなかったが、本当に弱っている人なら追い詰められてしまうと思う。

毒親育ちだからこそ思うのだが、たぶんカウンセリングよりも占いとかスピリチュアルとか曖昧で"何でもアリ"なものの方が癒しに繋がると思う。

カウンセリングのようにある種の型が決まってしまうとそこについて学ぶ人は増えても、型から外れた人が現れた場合に対処出来なくなる。
そうすると型から外れた人はまた仲間はずれになって余計に辛い思いをすることになる。

学問にも限界があるのかもしれないなー、と思わされた体験だった。

私の場合は、カウンセラーに相談するよりもここでブログを書いたり、毒親関連のブログを廻ったり、好きなイケメンタレントを眺めている方が癒しになると思った。